「精密検査のため、一度入院しましょう」 医師からそう告げられた時、あなたの頭に真っ先に浮かんだのは、自分の体のことよりも、自宅で待つ愛犬の顔ではありませんでしたか?
「私が入院してしまったら、あの子のご飯は誰があげるの?」 「ペットホテルに長期間預けるなんて、あの子にはストレスが強すぎる…」 「かといって、遠方に住む子供たちには頼れない」
もし、そんな不安から、あなた自身の治療をためらってしまっているのなら。どうか、この記事を最後まで読んでください。
これは、そんなあなたの深い愛情と責任感に寄り添い、「ペットの存在が、医療を受ける壁になってはならない」という強い信念のもと立ち上がった、ある病院の物語です。
岐阜県にある社会医療法人蘇西厚生会 松波総合病院。ここでは、入院患者さんのペットを預かる「ペットおあずかりセンター」や、愛犬と一緒に入院できる「ウィズペット病棟」という、全国でも極めて稀な取り組みが行われています。
今回、『わんこの知恵袋』は、同センターの担当者であり、国家資格「愛玩動物看護師」の免許を持つ合澤昌美さんに、独自インタビューを行いました。
- なぜ、病院がペットを預かるのか?
- もしもの時、どのようなケアが受けられるのか?
- そして、私たちは愛犬のために、どんな「覚悟」を持つべきなのか?
合澤さんの熱い想いと、設立に込められた「切なる願い」。そして、犬を愛するすべての方が知っておくべき「安心の選択肢」について、詳しくお伝えします。
設立の背景:窓越しの絆が生んだ「奇跡の病棟」

なぜ、医療機関である病院が、あえて「ペットの預かり」という未知の領域に踏み出したのでしょうか。そのきっかけは、ある一頭のゴールデン・レトリーバーと、名誉院長の絆の物語にありました。
夜ごと窓辺に現れる、愛犬「マカロン号」の姿
きっかけは、3年前にさかのぼります。松波総合病院の名誉院長が脳梗塞で倒れられ、幸い一命を取り留めてご自宅に戻り、療養されていた時のことでした。
名誉院長の息子である理事長は、ある夜、不思議な光景を目にします。庭に面した名誉院長の部屋の窓ガラス越しに、愛犬であるゴールデン・レトリーバーの「マカロン号」が、じっと部屋の中を見つめていたのです。
夜になると必ずやってきて、体を横たえ、ガラス越しに大好きなお父さん(名誉院長)を見つめ続けるマカロン号。そして部屋の中では、名誉院長もまた、マカロン号の姿を見て安心して眠りにつく。
「父はマカロンを見て眠りにつき、マカロンは父を見て眠りにつくようだ」
その姿を見た理事長は、痛感しました。いつも一緒にいた家族がいないことが、どれほどマカロン号にとってストレスだっただろうか。そして父もまた、どれほどマカロン号に会いたかっただろうか、と。
「ペットが医療を受ける障壁となってはならない」
この個人的な体験は、やがて病院全体を動かす大きな理念へと変わります。
医療の現場では、「ペットの世話があるから」という理由で入院を拒否する飼い主さんが少なくありません。中には、頑なに入院を拒み続け、適切な治療を受けられないまま、ご自宅で亡くなられてしまうという悲しい事例も現実に起きています。
「愛するペットの存在が、飼い主の命を縮める原因になってはいけない」「飼い主とペットを分断することなく、入院から退院まで一貫した治療ができないか?」
名誉院長とマカロン号の窓越しの絆、そして救えなかった命への悔恨。それらが原動力となり、「ペットおあずかりセンター」設立への挑戦が始まりました。
徹底解剖!もしもの時、愛犬は本当に「安心」なの?

「病院が預かってくれるといっても、ずっとケージに入れっぱなしじゃないの?」 「誰がお世話をしてくれるの? 夜間はどうなるの?」
そんな不安を解消するために、合澤さんに施設の詳細について徹底的に質問しました。そこには、単なる「預かり所」の域を超えた、命に対する誠実なシステムがありました。
安心①:お世話するのは「国家資格」を持つプロフェッショナル
ここが一般的なペットホテルと決定的に違う点です。愛犬のお世話を中心となって担当するのは、今回インタビューにお答えいただいた合澤さんご本人。
動物病院での豊富な勤務経験と、国家資格「愛玩動物看護師」としての確かな知識が、日々のケアのすべてに注がれます。
ただの「犬好きスタッフ」ではありません。動物の体調変化を敏感に察知し、適切な判断ができる医療知識を持ったプロフェッショナルが、あなたが入院して動けない間、愛犬の母代わりとなって守ってくれるのです。
安心②:緊急時は「自宅へのレスキュー」も対応
一人暮らしの高齢者にとって、最大の恐怖は「自宅で急に倒れ、救急車で運ばれる時」です。 「救急車に犬は乗せられないから…」と、置き去りにせざるを得ない状況は、想像するだけで胸が張り裂けそうになります。
しかし、このセンターでは、そんな緊急事態も想定しています。もし頼れるご家族がいなければ、ご本人の承諾を得た上で、スタッフがご自宅までワンちゃんをレスキュー(保護)に向かう体制まで整えているのです。
「あなたに何かあっても、必ず愛犬を迎えに行く」 この約束が、どれほど飼い主の心の支えになるでしょうか。
安心③:体調急変時は「提携動物病院」と連携
お預かり中に、もし愛犬の具合が悪くなったら? その点も万全です。
- 獣医師免許を持つ医師による観察
- 近隣3件の動物病院との提携
- 往診や搬送の体制
これらが確立されており、異変があれば愛玩動物看護師である合澤さんの判断で、迅速に医療につなぐことができます。
実際の「暮らし」と「費用」について

では、実際にお預かりできる条件や、毎日の暮らしはどうなっているのでしょうか。
【お預かりの条件】
- 対象:松波総合病院の入院患者さんの愛犬
- 種類:犬のみ(体長53cm、体高45cm以内)
- 投薬:原則として不可
- ※法律(獣医師法)により、看護師が飼い主に代わって投薬することは禁止されています。命に関わる毎日の投薬が必要な場合は、事前にご相談が必要です。
【一日のスケジュールの例】
8:00:健康チェック・朝ごはん
9:30~:お散歩(病院敷地内)・ドッグランでの運動
13:30~:飼い主さんとの面会タイム・遊びの時間

16:30:夕ごはん
夜間:見守りカメラと防災センター職員による24時間監視体制
【気になる費用は?】
驚くべきことに、これだけ手厚い体制でありながら、費用は非常に良心的です。
- 小型犬(〜8kg未満):1,815円(税込/日)
- 中型犬(8〜20kg未満):2,365円(税込/日)
- 大型犬(20kg以上):2,915円(税込/日)
「利益」よりも「患者さんの安心」を優先していることが、この価格設定からも伝わってきます。
究極の選択肢。「ペットと一緒に入院できる病棟」
「預かってもらえるだけでも安心だけど、本当はずっとそばにいたい…」 それが、飼い主の本音ではないでしょうか。
松波総合病院は、その願いさえも叶える「次のステージ」を用意しています。それが、連携推進法人のパートナーである海津市医師会病院に開設された「ウィズペット病棟」です。
これは、松波総合病院で手術などの急性期治療を終えた患者さんが、回復期を過ごすために転院できる特別な病棟です。
病室でも、ずっと一緒。
驚くべきことに、この病棟ではワンちゃんと一緒の病室で入院生活を送ることができます。
同じ部屋で寝起きする:病室にはケージが備え付けられており、夜もそばにいてくれます。

足腰に優しい運動スペース:敷地内には22m×20m(テニスコート約1.7面分)で芝とウッドチップを敷き詰めたドッグパーク(ドッグラン)を併設。

徹底された配慮:動物が苦手な他の患者さんに配慮し、動線は完全に分けられています。また、3階のワンフロア全体が専用病棟となっているため、鳴き声を気にする必要もありません。
担当看護師の心に刻まれた「忘れられない涙」
「ペットが医療を受ける障壁となってはならない」
このセンターが掲げる理念に誰よりも深く共感し、開設のために立ち上がったのが、今回お話を伺った担当の合澤さんです。
なぜ、彼女はこれほどの熱意を持って、飼い主とペットの絆を守ろうとするのか。その原動力となっているのは、以前勤務されていた動物病院で経験した、ある「悲しい記憶」でした。
「救急車に犬は乗せられないから」
それは合澤さんが、前職の動物病院に勤務されていた時のことです。ある初老の男性が、白い雑種のワンちゃん(仮名:坊主くん)を大切に飼われていました。奥様を亡くされ、男性にとって坊主くんは、唯一無二の家族でした。
ある日、男性から動物病院に電話が入ります。 「自分の具合が悪くなって救急車を呼ぼうとしたが、『犬は乗せられない』と言われた。だからタクシーで行く。自分の入院中、坊主を預かってくれないか」
駆けつけた時、男性は明らかに重篤な状態でした。 以前から体調が悪かったにも関わらず、「自分が病院に行けば、坊主が一人ぼっちになってしまう」という一心で、救急車が必要になるほど状態が悪化するまで、病院に行くことさえ我慢してしまっていたのでしょう。
二人を引き裂いた「壁」と、後悔
男性はそのまま入院し、坊主くんは動物病院で預かることになりました。 しかし、老犬ゆえに老衰の治療が必要な状態であったことに加え、大好きなお父さんと引き離されたストレスからか、坊主くんはみるみる衰弱していきました。
合澤さんたちの懸命な看護も虚しく、お父さんの退院を待つことなく、坊主くんは息を引き取ってしまいます。
その事実を伝えると、男性は外出許可を取り、病院へ駆けつけました。 冷たくなった愛犬の亡骸を前に、70歳を超えた男性は、声を上げて泣き崩れたそうです。
「看取ってやりたかった……」
もっと早く入院していれば。あるいは、一緒に入院できる場所があれば。最期の時まで、寄り添い合うことができたかもしれません。
「お父さんと一緒が良かったね……」 その時、ただ涙を流すことしかできなかった無力感が、今の合澤さんを突き動かしています。
この悲しい経験があったからこそ、合澤さんは松波総合病院の「ペットが医療を受ける障壁となってはならない」という理念に深く共感し、このセンターを開設するために、入職を決意したそうです。
「もう二度と、あのような悲しい別れを生まない」
私たちが利用できるこのセンターには、そんな医療従事者たちの、祈りにも似た深い愛情と覚悟が込められているのです。
命を預かるということ。そして、私たちにできる「準備」

インタビューの最後に、合澤さんは私たち飼い主に向けて、ある「問い」と「具体的なアドバイス」をくださいました。
「覚悟」なしに、迎えてはいけない
「ペットを飼うということは、その命に責任を持つということです。」
合澤さんの言葉は、優しくも、非常に厳格です。かわいい時間はあっという間に過ぎ、必ず「老い」と「別れ」が訪れます。そして、飼い主がどんな状態であっても、ペットのお世話に「休日」はありません。
「その覚悟がなければ、残念ながらペットを迎え入れるべきではありません。そこにあるのは『命』だからです。」
この言葉は、これから犬を迎えようとしている人への警告であり、同時に、今すでに愛犬と暮らしている私たちへの「初心」を問うメッセージでもあります。
今すぐできる「防災・救急」への備え
では、「覚悟」を持った私たちが、「もしもの時」のために今すぐできることは何でしょうか。合澤さんは、驚くほどシンプルで効果的な方法を教えてくれました。
それは、「周囲に『私は犬を飼っています』と公言すること」です。
- ご近所さんとの立ち話で、「うちに猫がいるのよ」と話しておく。
- 玄関に「猛犬注意」や「犬がいます」というステッカーを貼っておく。
たったこれだけのことですが、これが緊急時に愛犬の命を救います。あなたに何かあって救急車で運ばれた時、あるいは災害が起きた時。その貼り紙や会話の記憶が、「あそこの家には、たしかペットがいたはず…!」と、近隣の人や救急隊員が気づくきっかけになるからです。
特別な施設を探すだけでなく、こうした日々の「ご近所付き合い」や「意思表示」こそが、最強のセーフティネットになるのです。
最後に:不安を「安心」に変えて、愛犬と笑顔で過ごすために
「私が入院したら、この子はどうなるの?」
その切実な不安に対して、松波総合病院は「私たちが守ります」という、これ以上ないほど力強い答えを用意してくれていました。
今回、お話を伺って何より印象的だったのは、システムや設備の充実ぶりもさることながら、担当者である合澤さんご自身の「動物への深い愛情」と「もう二度と、飼い主とペットの悲しい別れを見たくない」という熱い想いでした。
ここなら、愛犬を「荷物」としてではなく、「大切な家族」として預けることができる。そう確信できる場所が、日本にある。その事実を知るだけでも、心がスッと軽くなるのではないでしょうか。
もし、あなたが今、愛犬のことが心配で入院や治療をためらっているのなら。どうか一人で抱え込まず、まずは相談してみてください。
あなたの健康こそが、愛犬にとって一番の幸せなのだから。
(松波総合病院では必ずしも海津市医師会病院へ転院する方だけを受け入れているわけではありませんが、海津市医師会病院へは直接入院できません)
施設情報・お問い合わせ
社会医療法人蘇西厚生会 松波総合病院 ペットおあずかりセンター
- 住所:〒501-6062 岐阜県羽島郡笠松町田代185-1
- 公式ページ:https://www.matsunami-hsp.or.jp/houjin/facility/yourpetinhospital/
- 対応ペット:犬のみ(※サイズ制限あり)
- 利用対象:松波総合病院の入院患者様
※本記事の情報は取材時点(2025年11月)のものです。最新の利用条件や費用については、必ず公式サイトやお問い合わせ窓口にてご確認ください。